アルメニア共和国の北部、ジョージアとの国境に近いアラヴェルディにある2つの世界遺産修道院へ。首都エレヴァンの中央(キリキア)バスターミナルから直通バスがあります。が、便数が少ないので少し手前の町ヴァナゾル乗り換えが便利です。3〜4時間。
ヴァナゾル近郊。
「アラヴェルディ」は峡谷を流れる川に沿った、細長くて小さな街です。川の反対側の断崖上にも街(サラハルト地区)があり、ロープウェイで結ばれていましたが、止まっていました。バスはあります。
アラヴェルディ入口。右手に断崖上の街。
反対側より。左手に断崖。
ロープウェイは途中で止まったまま、宙ぶらりん。
宿はバス停にいたタクシードライバーの紹介で断崖上の街にある「Anna Maria」へ。ダブルルーム4000ドラム(960円) シャワーはぬるくて使えませんでした。キッチンルーム有り。タクシーはあくる日の観光で使いました。
アラヴェルディの寸景と人々。
12世紀の石橋。
ソ連時代は銅鉱業で発展しましたが、今はほとんどが操業停止です。
ふ
公共バス。屋根に燃料の天然ガスボンベを積んでいます。
世界遺産「サナヒン修道院」は10世紀に創建されました。断崖上の街にあり、宿から歩いて行けました。
小さい修道院です。
キウリキア王朝の霊廟だったので、講堂には墓石が敷き詰められています。
近くにミコヤン博物館があり、入口にソ連時代のミグ21戦闘機が置いてあります。ミコヤンは地元出身で、戦闘機の設計者です。兄は元ソ連の第一副首相。
サナヒン修道院の近くに小高い山があり、見晴らしの良い頂上に小さな教会がありました。
ニワトリの頭がありました。生贄?
教会の手前に動物の解体用と思われる鉄柱があります。宗教儀式?
世界遺産「ハフプト修道院」はサナヒン修道院の10年後に建てられました。郊外の見晴らしの良い村にあります。私はその他の見所と合わせてタクシーで廻りました。タクシー料金は安く、Wi-Fi付きの良い車だったので、車の購入費がまかなえるのか心配になるほどでした。ちなみに燃料は天然ガスで値段は安いと思われます。
タクシードライバー。
サナヒン修道院側からの眺望。谷の向こう側がハフプト修道院のある村です。
こちら側よりサナヒン修道院方面の眺望。
正面より。
右手より。
裏の高台より。傾斜地に複雑に重なり合って建てられています。 これらのビザンチンとアルメニア様式の融合が世界遺産登録の理由になりました。
修道院の至宝「聖十字架」
土に半分埋もれている所もあります。
「アフタル修道院」はハフプト修道院より少し郊外にあり、美しいフレスコ画が残っています。10世紀の要塞に13世紀に建てられました。
「オズン修道院」はアラヴェルディの南に位置する高台のオズン村にあります。バスもありますが便数は少ないです。
裏より。
近くの白黒教会。
これで44日間のアルメニアの旅が終わりました。そしてタクシーでジョージア国境へ。約1.5時間、4000ドラム(960円)。もちろんバスもあります。国境から首都トビリシまではミニバスで約2時間、5ラリ(210円)。そしてトビリシから中東へ飛んで5ヶ国(カタール、クウェート、バーレーン、ドバイ〈アラブ首長国連邦〉、オマーン)を廻りました。ところが、デジカメのメモリーカードを全消し(約2500枚)にしてしまい写真は残っていません。😭 撮った写真をチェックしながらひとコマ消しをしている時に、急いでいた為に全消しまで指が行ってしまいました。2回目です‼ カメラは○○ンのコンパクトカメラです。カード初期化の機能があるので、ひとコマ消しのすぐ近くに全消しは必要ないと思います。😠
中東のドバイから日本に帰る前に香港で一泊しました。マニラ乗り換えのフィリピン航空で、時間はかかりますが食事付きのホテル替わりです。飛行機は出稼ぎ帰り?のフィリピン人でいっぱいでした。 空港からエアポートバスで九龍へ。
宿は昔から安宿で有名な重慶大厦(マンション・複合施設ビル)内の「マニラ・ホステル」ドミトリー(四人部屋) 109香港ドル(1526円)。重慶大厦は思っていたほどには汚くはなかったですが、いまだに入口で安宿の勧誘をやっています。各国の食堂も多くありますが、中東のインド系食堂の2倍位の値段でビックリです。缶ビールは安かったです。香港は42年ぶり2回目で、時間もないので特に観光はしませんでした。
重慶大厦。
入口。
1階の商店、食堂街
。
ビクトリアハーバーと香港島夜景。
翌日、日本行きLCC深夜便の出発までにマカオに行って来ました。 フェリーで片道1時間、往復295香港ドル(4130円 シニア割引)。料金はイギリス方式で時間によって値段が変わります。 マカオは長年ポルトガル領でしたが、1999年に中国に返還されました。そして50年間は一国二制度が保証されています。
高台(モンテの砦)より中国本土(珠海市)を望む。
マカオのシンボル「聖ポール天主堂跡」1582年に建てられましたが、2度の火災で正面の壁面だけが残りました。
右端に骸骨が‼
帰国後、香港では民主化運動が抑え込まれ、1997年にイギリスから返還された時に、中国政府が保証した50年間の一国二制度がホゴにされました。
これで2018年8月29日〜2019年3月19日の中央アジア〜コーカサス〜中東の旅は終わりました。
次回(6/25予定)からは2017年10月30日〜2018年 5月4日の南太平洋〜南アメリカ〜ヨーロッパの旅です。
ありがとうございました。