2009年9月8日、「西サハラ」南部の街「ダクラ」から「モーリタニア・イスラム共和国」へ向かいます。
「モーリタニア」入国にはビザが必要です。スペインのマドリッドやモロッコの首都ラバトで取れますが、往復の航空券が必要などややこしいので、私は日本で、航空券を買った旅行代理店を通して取得しました。ビザ代は無料でしたが、手数料はもちろん必要でした。
西サハラ「ダクラ」から「モーリタニア」に行く場合、少し前まではイスラム過激派や国境付近の地雷原対策のために、モロッコ軍の先導で「コンボイ」を組んで行っていました。今はその必要がなくなり、乗り合いタクシーで個々で行けます。
9月8日7:00、宿で予約をしてもらった乗り合いタクシーが迎えに来て、モーリタニアの国境の街「ヌアディブ」に向けて出発です。350ディラハム(4270円)。

11:30「西サハラ」国境着。実際はモロッコの国境でモロッコ出国となります。建物にはモロッコ国旗がはためいていました。出国手続きは建物の外の炎天下で行われ、係員が出国カードに記入してくれてパスポートを預けます。しばらくして名前を呼ばれるので、パスポートを受け取り、荷物検査があります。
再び車に乗り込み、地雷が埋まっている国境のレキ場の緩衝地帯をゆっくりと走り抜けます。所々にスクラップと化した車があります。
13:30「モーリタニア」のイミグレ着。ここでも係員が入国カードを書いてくれました。入国税、外貨申告など税関チェックはありませんでした。両替人はいましたが、ヌアディブの街に両替屋があります。
15:00「ヌアディブ」着。車は「旅行人ノート・アフリカ」に書いてあった安宿まで行ってくれました。
「Camping Baie Au Leurier」ツイン3000ウギア(1080円)、トイレシャワー共同。広い中庭の周りにシンプルな部屋が並んでいて、狭くて暑かったです。この宿の使用人に若いマリ人の男性(出稼ぎ?)がいて、オーナーにこき使われていました。マリに帰ろうにも帰れない状態だと思われます。帰国してから読んだ雑誌のコラムにも書いてありました。

ホテルの中庭で遊ぶオーナーの子供達。
1泊だけで宿替え。「Camping ABBA」私のテントを張って1500ウギア(540円)。ここは中心より少しはずれますが、トイレシャワー付きの部屋が1人3200ウギア(1152円)、2人で4000ウギア(1440円)でありました。

テントはガランとした建屋の中に張ります。以前、東アフリカを旅した時にテントを使ったので今回も持って行きました。使用頻度は低かったです。
🇲🇷「モーリタニア・イスラム共和国」はアラブ世界とアフリカ世界の中間に位置し、アラブ連盟とアフリカ連合及びアラブ・マグレブ連合にも加盟しています。面積は日本の2.7倍ありますが、約90%が砂漠で、人口は約465万人です。経済を支えているのは鉄鉱石で、日本向けのタコ漁も有名ですが、捕りすぎた為か最近は少なくなりました。首都は「ヌアクショット」、通貨は「ウギア」で当時のレートは1ウギア=0.36円です。
「ヌアディブ」はモーリタニア第2の都市ですが人口は約12万人です。モーリタニア経済の要である鉄鉱石が、内陸のズエラトから100〜200両もの貨車で運ばれ、ここの港から輸出されます。

ロバが活躍しています。


手前にあるはゴミではなく、売り物の衣類です。


「漁港」

ヌアディブからサハラ(砂漠)にある世界遺産の街「シンゲッティ」に向かいます。まずは鉄鉱石を運んで来た貨車が鉱山に戻って行く時に乗り込み、「シュム」で途中下車します。客車が数両連結されていますが、鉄鉱石を積む貨車に乗り込むと無料です。しかし、貨車の中に乗り込むのが一苦労で、また鉄鉱石の石粉で服が赤茶色に汚れます。特にこの日は、夜中にめずらしく雨が降ったので、無賃客は悲惨な目にあっていました。私は歳を考えて客車にしていました、2500ウギア(900円)。 客車はヨーロッパのお古のコンパートメント車でしたが、座席など多くが壊れたままの状態で、その上ぎゅうぎゅう詰めでした。早く乗り込まないと座席がなくなるので注意です。


小さな駅舎。イスラムのお祈りをしているところです。
鉄鉱石の貨車。
9月10日16:00「ヌアディブ」発。
11日5:00「シュム」着。プラットフォームはなく、まだ暗かったのでどこに停まったのか分からなかったのですが、乗客が教えてくれました。そして薄灯りのついた建屋に行って、数人のツーリスト及び少数の現地の人と明るくなるまで待機です。
6:30、小型トラックの荷台に乗って、「シンゲッティ」への入口となる街「アタール」へ向かいます、1500ウギア(540円)。
10:00「アタール」着。すぐにシンゲッティ行きの車を探しましたが、今日はなかったのでここで1泊です。宿は「バブ・サハラ」2000ウギア(720円)。
「アタール」は人口24000人ほどの街ですか、中心部の市場付近は活気がありました。以下の写真は少し離れたホテル付近です。




アート?それともガラクタ?


カフェで「キャメルミート・サンド」を食べました。200ウギア(72円)。

ラクダ肉のミンチとタマネギのソテー・フライドポテト・マヨネーズをフランスパンで。ラクダ肉は牛肉に似ていてまあまあの味でした。
9月12日9:30、小型トラックの荷台に乗って「シンゲッティ」へ。120km、1500ウギア(540円)。シンゲッティまではずっと登り道でした。


途中にある景色の良い「モガン峠」。

初ラクダ。

12:30「シンゲッティ」着。この街の旧市街からサハラの本当の砂砂漠が始まります。
宿は新市街にある「オーベルジュ ZARGA(ザルガ)」、布切れを掛けただけのテント小屋での雑魚寝で700ウギア(252円)。ちなみに部屋は1ベッド1000ウギア(360円)です。シャワーの水は結構水量がありました。
小さな出入口とオーナー。
小さな中庭。
テント小屋と私。
普通の部屋とベッド。
夕食500ウギア(180円)。チキンと野菜煮物の「ぶっかけ飯」。他にラクダ肉と野菜の蒸し煮やピラフ・パスタなどもありました。ちなみに朝食300ウギア(108円)はパン、ジャム、コーヒー(ネスカフェ2袋)だけでした。
しばらくしてホテル内に変な生き物がウロチョロしてうるのでオーナーに告げると、ペットの「ハリネズミ」でした。




「シンゲッティ」寸景










「旧市街」

旧市街のはずれからすぐに砂砂漠です。


次回もモーリタニア「シンゲッティ」です。
ありがとうございました。