2010年1月「西アフリカの旅」、「ガンビア共和国」内陸部の街「バス・サンダ・スー」の続きです。
ある朝、「バス・サンダ・スー」の渡し場で、以前に何回か話をした事のある自称バードウォッチング・ガイドの若い男性から、「今日、私の一族でセレモニーがあるから来ないか?」と誘われました。彼(一族)の家は、川向こうの船着き場から少し歩いた、林に囲まれた広い敷地にありました。
自称ガイドの男性。
彼の家の前で家族と。

父親?のティータイム。





楽士がやって来ました。

セレモニーの主人公は中央の子供らしかったです。が、何のセレモニーかは分かりませんでした。



簡単な踊りもありました。








村人と子供達。
















1月30日、「バス・サンダ・スー」から「首都バンジュル」に戻ります。
ガンビア川の渡し舟で対岸(ガンビア川北側)に渡ると、そこにミニバスと乗り合いタクシーが待っています。当然乗り合いタクシーにしました。300ダラシ(1080円)。ミニバスは220ダラシ(792円)でした。
バス・サンダ・スーから、首都バンジュルへ渡るフェリーが出る街「バッラ」までは道が良かったので5時間で着きました。途中では、私が行った世界遺産「セネガンビアの環状列石群」の遺跡がある「ワッス」を通ります。「バッラ」から「首都バンジュル」までは大型フェリーで約1時間、10ダラシ(36円)。
「ガンビア共和国」から「セネガル共和国北部」へ行く前に「ジュフレ村」に寄る事にしました。「ジュフレ村」は世界的ベストセラー「ルーツ」の作家アレックス・ヘイリーのルーツとされる村で、2つあるガンビアの世界遺産のひとつ「クンタ・キンテ島」が近くにあり、そこは昔の黒人奴隷の積み出し拠点でした。
1月30日、首都バンジュルからフェリーで対岸の「バッラ」に渡り、そこから「ジュフレ村」まではミニバスで約1.5時間、25ダラシ(90円)。発車までにはいつも通り、約3時間の乗客待ちがありました。
「ジュフレ村」に着いたのは夕方5時前になっていました。まずは安宿探しですが、1軒は閉鎖、もう1軒は応答が無くて誰もいない様子です。あとは中級ホテルが1軒あるだけで、帰りのミニバスはもうありません。ミニバス停そばの雑貨屋の軒下で野宿も考えましたが、とりあえず中級ホテルに行って料金を聞くと、朝食付きで700ダラシでした。私のガンビア滞在はあと少しなのでガンビア通貨の持ち金は少ないです。。そして、なんとか値切って、朝食なし350ダラシ(1260円)で泊まる事が出来ました。大きなプールがあり、部屋はバンガロー風のリゾートホテルです。夕食は雑貨屋で買ったイワシ缶と菓子パン類の計25ダラシ(90円)で済ませました。



ホテル近くの子供達。


髪にわらクズが。
翌1月31日朝、小さい桟橋で世界遺産「クンタ・キンテ島」へ行く船を探しましたが、日曜日だったせいか気配すらありませんでした。世界遺産でも、アフリカの小国の田舎までは観光客はあまりやって来ないので、交通手段などは整備されていないようです。島に行く舟は村人との交渉になると思われます。よって、自称ガイドが多くいてふっかけてきたりするので注意です。
船着き場近くのさびれた建物。

持ち金のこともあり、世界遺産行きは諦めて「バッラ」に戻って「セネガル共和国」に向かう事にしました。が、バッラに着いたのが昼過ぎになり、今日の明るい内に「首都ダカール」に着くのが無理と思い、「バッラ」で1泊する事にしました。

川辺りでは豚が遊んでいました。


そして、バスターミナル近くの安宿に泊まりましたが、少し離れた住宅街の小さい広場のテント小屋で何らかのイベントがあり、そこから大音量の雑音が真夜中まで聞こえて来るので耳栓をしないと眠れませんでした。すぐ近くの住宅の人々はどうしていたのでしょうか? これもアフリカです。
次回は「セネガル共和国」です。
ありがとうございました。






















ロバが活躍しています。







渡し舟。






「Fatoto」










私も引っ張りました。
ガンビア川の支流になるので川幅は狭いです。



















































黒丸が国境です。














フェリー乗り場の近くです。











































民族楽器のミュージシャンのようです。




アーティストの作品が1点だけ置いてありました。

食事の仕度。


毎朝ビーチでゴロゴロしていたこの男性はギニア人の出稼ぎで、浜辺でレストランをやっていると言っていました。行ってみたら、電気もない小さな掘っ立て小屋で、営業なんか出来ない様な店でした。しかし、面白そうな男だったので夕食1000CFA(211円)とビール大1本1000CFAを予約して行ったら、彼の友人3人(英語ができるガンビア人もいました)を含めた計5人で「野菜少々のチャーハン風ライス大盛り」を一緒に食べる会食になりました。ある程度は予想をしていましたが、ひょっとしてシーフードが出るるかもとの期待もありました。私一人でビールを飲みながら少し食べ、少し話をしてから、彼等の為にライスを残して早めに退散しました。









「セネガル共和国」の南部には 「ガンビア共和国」が東西に細長く横たわるように存在します。その南側がセネガルの「カザマンス地方」になります。
1月9日14:00、セネガル共和国のマリとの国境の街「Kidira」からシェアタクシーで最初の目的地だったセネガル東部の街「タンバクンダ」へ向かいます。料金は4000CFA(844円)でしたが、セネガルでは多くの場合荷物代が必要になります。大きさによって値段が違い、中型のバックパックで500CFA(106円)位でした。ドライバーはよくふっかけるので注意です。現地人ともよく揉めていました。


学校の運動場。
マリから来ると、セネガルの女の子はあか抜けた感じです。











この写真は子供が撮ってくれました。







「元大統領宮殿」1998年6月〜11月の内乱で破壊されたまま残されています。機関銃の弾の跡もあります。

街からすぐの所での農作業風景。



栄養が偏っているので、鼻水がいっぱいです。昔の日本もそうでした。







































同じバスの女の子。

