70歳現役バックパッカー世界一人旅  写真日記

こんにちは〜コロナ禍で旅にも出られずヒマなのでブログを始めました。現在から1970年代 (沢木耕太郎の深夜特急の時代) まで遡ろうと思います。暇があったらのぞいてください。

(215)2009年10月西「アフリカの旅」マリ共和国「ドゴン村トレッキング」その3

2009年10月「西アフリカの旅」マリ共和国「ドゴン村トレッキング」の続きです。
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10月10日朝、「ドゴン村トレッキング」1日目の宿泊地「テリ村」から約5km東の「エンデ村」へ向かいます。目標は丘の上に塔のように立つ大きい岩です。
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f:id:Seita75851833:20260314150820j:image                         歩いていると、カニボンゴレ村から歩いて来た若い姉妹と追いつ追われつの感じになりました。私達が休んでいる時に追い抜かれたので、持ち手付きのあめ玉をあげました。私達が再び追い抜いた時に姉妹を見たら、あめ玉を舐めながら休んでいました。片道約8kmの道のりをサンダル履きでした。


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「エンデ村」到着。観光に力を入れているような村でした。
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f:id:Seita75851833:20260314153652j:image                         ドゴンの家は芸術的な「扉」が多いです。

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f:id:Seita75851833:20260314153853j:image                          現役の猟師。サルを多く獲っていて、家には頭蓋骨が飾ってありました。ほかにキツネ、トカゲなどです。以前はジャッカルやワニもいたそうです。


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「ドゴンダンス」のセレモニーがありました。撮影をしていたのでそのためのセレモニーだったかもしれませんが、村中で楽しんでいるようでした。
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撮影中。

 

f:id:Seita75851833:20260314154550j:image                     撮影中。


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踊り手が被っているのはドゴン族独特の帽子(ドゴンハット)で、私も買いました。今でも時々使っています。
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夕方、今日の宿泊地「ヤンタル村」に向かいます。
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「ヤンタル村」
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f:id:Seita75851833:20260316093238j:image                     家の補修をする練土。


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f:id:Seita75851833:20260316093403j:image                       宿の屋上から。


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f:id:Seita75851833:20260316093435j:image                         宿で食べた茹で豆(ポアダテル?)。美味しかったです。

 

追記、前回のガイドが飲んでいた「ヤギのミルク」のような飲み物は「プロン(プヌン)」と思われます。プロンは穀物の粉を水に溶いて発酵させたドリンクヨーグルトに似た味の、ドゴン族独特の飲み物です。

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次回も「西アフリカの旅」マリ共和国「ドゴン村トレッキング」です。

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(214)2009年10月「西アフリカの旅」マリ共和国「ドゴン村トレッキング」その2

2009年10月「西アフリカの旅」、マリ共和国「ドゴン村トレッキング」の続きです。
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10月9日朝、ドゴン・ カントリーの中心地「バンディアガラ」からトレッキングの出発地「ジキボンボ村」へ。そして村を見学後、「カニボンゴレ村」へ向かってトレッキングを開始しました。

自動車道路をしばらく歩くと峠に出て、そこから左手に、なだらかな大きな石や岩の崖を下りました。
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下には小さい滝とプールがあり、そこから「バンディアガラの崖」の下側にある集落を巡ります。まずは小さい畑の間を歩いて「カニボンゴレ村」へ。
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滝の近くには蝶の群れが舞っていました。


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f:id:Seita75851833:20260310113847j:image                     「稗(ヒエ・ミレット)」はドゴン・カントリーで栽培される重要な穀物です。これでビール(ドゴン・ビール)も作られます。


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ガイドも以前は村で「ヒエ」の栽培をしていましたが、儲からないので都会(バンディアガラ)に出たそうです。


f:id:Seita75851833:20260311151753j:image                         村人がヒエの収穫をしていました。

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それを見たガイドは、昔の仕事ぶりを披露してくれました。

 

しばらく歩いて崖の下にある小さな「カニボンゴレ村」に到着。ここで昼食休憩と昼寝です。風通しの良い2階での昼食は「マカロニ・トマトソース」でした。
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ガイドが飲んでいたヤギ?のミルク。

 

「カニボンゴレ村」

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f:id:Seita75851833:20260311152514j:image                         崖の下に古い住居跡があります。上にある洞窟には大昔にはピグミー族が暮らしていたそうです。


f:id:Seita75851833:20260310114342j:image                     「アンティークショップ」。


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神木と池とモスク。

 

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ゆっくり休んで午後4時頃、本日の宿泊地「テリ村」へ、約1時間。ここの「バンディアガラの崖」には大きな古い住居跡がきれいに残っていました。上部には同じくピグミー族の生活跡もあるそうです。

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f:id:Seita75851833:20260311153904j:image                     「モスク」


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宿は崖のすぐ近くにある広い敷地の家でした。設備は思っていた以上に整っていて、水洗風トイレと水シャワーがありました。到着したら足洗い用の水を洗面器に入れて持ってきてくれました。が、この様なサービスはここだけでした。
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広々としたトイレ。バケツに水をくんで流します。

 

夕食はトマトソースのクスクスで、食後には民族楽器の演奏がありました。寝るのは寝室もありましたが、私は屋上(2階)の物干し場に蚊帳を吊ってもらって寝ました。涼しくて良かったです。
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f:id:Seita75851833:20260311154702j:image                          2階へ上がる「ハシゴ」。

 

翌10月10日朝、パンとマンゴジャム、カフェオレ、バナナ3本の朝食を済ませてから、崖にある古い住居跡の見学へ。
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朝の「バンディアガラの崖」と私の寝床。


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f:id:Seita75851833:20260311154948j:image                         高い所に住むのは要塞の意味もありました。


f:id:Seita75851833:20260311160002j:image                         

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f:id:Seita75851833:20260311160924j:image                   猟師の家?。この付近は今では砂漠化していますが、昔は森林で動物が多くいたそうです。

f:id:Seita75851833:20260311161107j:image                        トカゲの彫り物。

 

次回も「ドゴン村トレッキング」です。

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

(213)2009年10月「西アフリカの旅」マリ共和国「ドゴン村トレッキング」

2009年10月「西アフリカの旅」、「マリ共和国」の続きです。
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10月8日、ニジェール川の交易都市「モプティ」から、「ドゴン村トレッキング」の起点となる街「バンディアガラ」へ向かいます。バスは朝7時発だったので、バンディアガラ方面行きのバス停に6時半に行き、小型バスに乗って出発を待っていました。ところが、乗客が少ない為か出発する気配が全然ありません。結局5時間遅れの12時に、諦めたかの様にやっと出発しました。約1.5時間、2000CFA(422円)。よくある事のようです。「途中で乗る予定の人はどうなるのか?」ですが、14km離れた次の街「セヴァレ」からも何台か出ているので心配はいらないようです。

バンディアガラに着いてからの1番の問題は、ドゴン村トレッキングのガイド探しです。が、ホテルが決まったらそこでも紹介してもらえるらしいので、まずは腹ごしらえです。近くの食堂で遅い昼食の「ぶっかけ飯(リ・ソース)」300CFA(62円)を食べていると、さっそくガイド希望者が話しかけてきました。彼とは料金が折り合わなかったのですが、近くの良いホテルを教えてもらい、安いガイドも紹介してくれました。

宿は「Hotel Talaise」ドミトリー4000CFA(844円)。中心部に新しくできたきれいなホテルで、多くの西洋人ツーリストで賑わっていました。レストランやバーもあり、なぜか若いブルキナファソ人男性が多く働いていました。彼等はフレンドリーでした。
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ホテルのペット鳥。


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宿で待っていると紹介してもらったガイドがやって来ました。そして交渉の末、さっそく翌10月9日早朝の出発と決まりました。

バンディアガラの老舗安宿「オーベルジュKansaye(カンサイ)」は少しさびれた感じでしたが、別棟のレストランは流行っていました。ここの若いオーナーはスイス人女性と結婚していました。

 

「バンディアガラ」は「ドゴン・カントリー」の中心となるやや大きい街で、電気は来ています。落ち着いた街で、モプティから来るとドゴン人の人柄の良さにホッとします。南東を流れる川は洗濯、水浴び、水遊びで賑わっていました。
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世界遺産「バンディアガラの断崖」(ドゴン人の地)はバンディアガラの南から東にかけて高低差500m、長さ約200kmで続く広大な地で、約700の集落が点在し、約25万人が暮らしています。そして、いまだに電気・車がない村がほとんどです。ここに住む「ドゴン族」は独自の壮大な神話世界や芸術・文化を持ち、現代の西洋世界に衝撃を与えました。有名なところでは「シリウス」の衛星の存在を昔から知っていた事など、天文学の知識を多く持っていました。
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「ドゴン村トレッキング」は「バンディアガラの断崖」の集落を数日かけてトレッキングで巡ります。ガイドの売り込みは首都バマコから始まりますが、やはり個人で行く場合はドゴンカントリーに来てから探すのが確実だと思います。すべてを周ろうとすると多くの日数が必要ですが、まずは4泊5日のポピュラーなルートを行く事にしました。そして問題はガイド料を含めた1日あたりの料金ですが、私が希望した安めの12000CFA(2532円)で決まりました。ちなみに当時のバックパッカーの相場は8000〜20000CFAでした。さすがに8000CFAは無理で、安過ぎると内容が極端に悪くなると思われます。また、ガイドの人柄と相性が重要な基準になります。飲料水以外すべて込みで、水はペットボトル入りを売っていますが高いので、私は消毒液「ピュア」を持って行き、現地の水でまかないました。もちろんマリの水に慣れていればそのままでも問題はないと思います。ガイドとは一応簡単な契約書を交わし、ホテルの責任者に立ち会ってもらいました。料金の半分は出発前に払い、残りは帰ってからの支払いでした。 余分な荷物はホテルで預かってもらえます。ドゴンの村を訪問する時、長老に「コーラナッツ」(健康食の赤い種子)を贈ると喜ばれるとの事だったので、私はモプティで買って行きました。500g1000 CFA (211円)。バンディアガラでも買えましたが、品物が少なくあまり良質でないようでした。しかし、コーラナッツはガイドは喜びますが、それほど必要ではないと思えました。
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また、子供へのプレゼントに「あめ玉(キャンディ)」を多く持って行くと喜びます。私は少し高いですが、持ち手付き(笛になる)の丸いキャンディを持って行きました。

 

10月9日(金)6:00、ホテルにガイドが迎えに来てバスターミナルへ。

ガイドはドゴン族で名前は「アブライ・トゴ」。英語とフランス語を話せますが、私が言うのもなんですが、訛りが強くて聞き取りづらかったです。が、やはりガイドはドゴン人がベターです。知識が豊富で、各地に知り合いが多いので家の中を見せてもらったり出来ました。コーラナッツが多く必要でしたが。
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ドゴンの笛(フルート?)を吹くガイド。


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7:30発のバスでトレッキングの出発地「ジキボンボ村」へ。約30分。トンガリ屋根の村です。

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f:id:Seita75851833:20260307155600j:image                      


f:id:Seita75851833:20260308161510j:image                     「食物倉庫」地面から少し上げてあります。

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f:id:Seita75851833:20260307155725j:image                     「集会所」

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f:id:Seita75851833:20260307155818j:image                     天井を低くしてあるのは議論が白熱した時、立ち上がって激高しないためです。

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f:id:Seita75851833:20260307155906j:image                      建物前面の窪みは物置きのようです。

f:id:Seita75851833:20260307155940j:image                         炊事中。

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f:id:Seita75851833:20260307160132j:image                     ガイドの祖父、87歳。

f:id:Seita75851833:20260307160156j:image                         ガイドの姪。家族内でも信仰は自由で、彼女はキリスト教徒でした。彼女の希望で目薬をプレゼントしました。



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次回も「ドゴン村トレッキング」です。

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(212)2009年10月「西アフリカの旅」マリ共和国・ニジェール川の交易都市「モプティ」

2009年10月「西アフリカの旅」、「マリ共和国」です。
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10月6日(火)8:30、ジェンネの月曜市が終わり、ニジェール川の交易都市「モプティ」へ向かいます。直通バスがあり約3時間、2250 CFA(475円)。対面式座席の大型ワゴン車に人と荷物がギュウギュウ詰めでした。チケット売り場に荷物代500CFA(106円)と書いてありますが、バッグパック程度は無料です。しかし、私は車とは関係のない輩に騙されて払ってしまいました。観光地や首都のバスターミナルにはツーリストを騙して、小銭を稼ごうとする人間が多いので注意です。

11:30「モプティ」着。モプティのバスターミナルは行き先によって分かれているので注意です。

「モプティ」は古くからニジェール川の交易で栄え、現在はマリ第2の都市です。が、高い建物が少なく田舎街の感じです。 先日の「ジェンネ」や「黄金都市トンブクトゥ」「神話世界ドゴン」などを訪れる起点になる街で、旅行者にしつこく言い寄って来る、たちの悪い自称ガイドが多いので注意です。

安宿は少なく、バス停近くの「Hotel Bafaro」へ。ファンのシングルルーム15000CFAを7000CFA(1480円)に値切りました。今はまだハイシーズン前らしく、部屋はそれなりに良かったです。テント泊(屋内)も出来ましたが、5000CFAと高いです。
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宿の子供。

 

モプティは「ニジェール川」と月曜市のジェンネ方面から流れて来る「バニ川」の合流地点にありますす。その間の中洲にも村があり、ボートツアーの客引きが声をかけてきます。

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モスクから南が「旧市街」です。


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手前が「バニ川」、奥がニジェール川本流。


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小舟でいっぱいの船着き場。
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f:id:Seita75851833:20260228152122j:image                     サハラ砂漠から運ばれた「岩塩」。昔は莫大な富をもたらしました。

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「グランド・モスク」から南が「旧市街」になります。
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「ウーメンズ・マルシェ(マーケット)」。2階は民芸品売り場でした。
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「モプティ」寸景。

f:id:Seita75851833:20260228152516j:image                    衣類マーケット。

f:id:Seita75851833:20260228152435j:image                     生活指針の看板。


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次回はマリ観光のハイライト「ドゴン村」です。

ありがとうございました。

 

 

 

(211)2009年10月「西アフリカの旅」マリ共和国「ジェンネの月曜市と大モスク」

2009年10月「西アフリカの旅」、「マリ共和国」の続きです。

10月4日(日)、ニジェール川沿いの街「セグー」から、マリ観光のハイライトのひとつ「ジェンネ」へ向かいます。

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8:00、バスターミナルから「モプティ行き」のバスに乗り、ジェンネへ分かれるT字路「カルフール・デ・ジェンネ」で途中下車します。14:30着、5000CFA(1055円)。

待っていると「ジェンネ行き」の小型バスが来ます。バス料金1500 CFA(317円)と「ジェンネ入域料」1000CFA(211円)が必要です。ニジェール川の支流「バニ川」をフェリーで渡って約1.5時間。
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宿は「Hotel Kita Kourou」屋上のドミトリーで2500CFA(528円)、ファンがなくて暑かったです。ジェンネは特に暑いところです。宿で食事ができましたが高くて不味かったです。街中や夜のモスク前に屋台がでます。
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宿からの眺め。

 

「ジェンネ」はニジェール川とバニ川の間に位置する小さな街で、「泥で造られた大モスク」の前で開かれる「月曜市」が有名です。また、川の泥で作られた日干しレンガの土台に、泥を塗って仕上げたスーダン様式の家々の「旧市街」は、1988年に世界遺産に登録され、モスクはその象徴的建造物です。しかし、2016年には旧市街の保存状態の不備及び治安の悪化で危機遺産になりました。モスクは毎年、雨季前の2〜5月に表面の泥を塗り替える一大イベントがあり、こちらも有名です。正確な日付けは毎年変わります。異教徒は中に入れないのが残念です。ここでも少年の自称ガイドがしつこく寄って来ますが、旧市街の案内以外利用価値は少ないです。
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10月5日(月曜日)、朝の船着き場には近くの村々から舟に乗って、多くの人々や物資が集まって来ます。
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モスク前の「月曜市」。ピークは昼頃〜16時でした。
f:id:Seita75851833:20260224152630j:image                     モスクの壁から飛び出ている多くの「木の杭」は、泥塗りのイベントの時に使われるそうです。


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夕方、帰路につく人々。
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次回はニジェール川の交易都市「モプティ」です。

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

(210)2009年9〜10月「西アフリカの旅」マリ共和国「首都バマコ」と「セグー」

2009年9月27日、「モーリタニア・イスラム共和国」の首都「ヌアクショット」から「マリ共和国」の首都「バマコ」へ国際バスで向かいます。バス会社は「SONFE  TRANSPORT (VOYAGEURS)」(STV)  で、料金は15000ウギア(5400円)、マリ国境でバスを乗り換えます。「ブルキナファソ」の首都「ワガドゥグ」や「ニジェール」の首都「ニアメ」行きのバスもありますが、おそらく同じルートで行って、マリの首都「バマコ」で乗り換えと思われます。
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f:id:Seita75851833:20260218142851j:image                    黒丸が国境「Gogui」です。

 

9月27日7:30、国境の「Gogui」へ向かって出発。バスはまあまあ上等の車両で道も良く、風景は土漠から草原や農地が多くなりました。湖水地帯もあり(洪水かも?)、町や村もあまり離れないで続いています。しかし約937kmの道のりを、なぜか24時間近くもかかりました。私はいくらかの食料を持ってバスに乗り込みましたが、途中で停車した街のターミナルには屋台や食堂があり不自由はありませんでした。しかし、モーリタニアではなぜか、バスに寄って来る物売りはいませんでした。
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道中では多くの写真を撮っていたと思っていましたが、これ1枚だけでした。これまでのフィルムカメラの時のクセがまだ抜けていないようです。以前は半年位の旅で36枚撮りフィルム30本位だけでしたので、1枚1枚を大事に撮っていました。

 

9月28日6:00、国境の「Gogui」着。モーリタニア・イミグレで出国スタンプをもらい、1軒だけあった雑貨屋で少しだけ残ったモーリタニア通貨ウギアをマリ通貨「セーファーフラン」に両替出来ました。そして乗り合いタクシーでマリ・イミグレに行って入国。チェックは簡単で、時差はありません。同じ車で少し離れた国境の街「ニオロ」まで行ってバスを乗り換えます。約1時間、2000ウギア(720円)。この一連の流れはあらかじめヌアクショットで聞いていました。私の隣の席に座っていたコートジボワール人男性はマリ入国で問題があったらしく、タクシーに乗れませんでした。

9:30、「ニオロ」でバスを乗り換えて出発。約500km南の首都「バマコ」に向かいますが、バスは立ち客がいるほどに満員になりました。風景はブッシュの平原風に変わり、道は少し悪くなりました。モーリタニアと違い、バスに集まって来る物売りが多くいました。

17:30「マリ共和国」の首都「バマコ」の郊外「ソコニコ(バスターミナルエリア)」にある自社ターミナル着。ここから街の中心部までは「緑色の乗り合いワゴン」で約15分、料金は150CFA(32円)。私は少額のCFAをヌアクショットの両替屋で手に入れていました。 

f:id:Seita75851833:20260218143437j:image                     緑色の乗り合いワゴン車。

 

「マリ共和国」は日本の約3.3倍の面積がある内陸国ですが、北部の 1/3はサハラ砂漠の一部です。人口はおよそ2450万人で、1960年にフランスから独立したのでフランス語が公用語です。13〜16世紀に「マリ王国」が栄えた歴史ある国で、西アフリカで最も豊かな文化を持っています。中央部を流れる「ニジェール川」をはじめとして見どころが多くありますが、現在は北部からのイスラム過激派などの侵攻で国内は混乱している模様なので要確認です。通貨は西アフリカ・ セーファーフラン(CFA)で、当時のレートは闇両替で1USドル=455CFA、1CFA=0.211円。銀行で1USドル=428CFA、両替屋では450CFAだったので、危険性を考えると両替屋がベターです。 ちなみに西アフリカ・セーファーフランを使っている国はマリ・セネガル・ニジェール・ブルキナファソ・ベナン・トーゴ・コートジボワール・ギニアビサウです。

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首都「バマコ」には高いビルが少なく、一国の首都とは思えない、のどかな雰囲気です。美味しいベトナム料理のテイクアウト店やビールが飲める安い店があり、よく利用しました。ビールは大びん900CFA (190円)位で約1ヶ月ぶりに飲めました。朝食は屋台でカフェオレとフランスパンのオムレツサンドで350CFA74円)位。カフェオレは細長いグラスにコンデンスミルクたっぷりとインスタントコーヒー少々を入れてお湯を注ぎます。最初は甘いですが、慣れるとコンデンスミルクの甘さがやみつきになります

宿は「オーベルジュ LAFIA」ドミトリー5000CFA(1055円)。オーナーは「ボクン」さんで日本人女性(この時は日本在住)と共同経営との事でした。日本の本や情報ノートがあり、情報ノートは重宝しました。

「バマコ」寸景。バマコ滞在の主な目的は「ニジェール共和国」のビザ取得でした。

f:id:Seita75851833:20260219151222j:image                     「ニジェール川」雨季が明けたばかりなので水量が多いです。ニジェール川はギニアの山地に発し、マリ・ニジェール・ベナン・ナイジェリアを流れてギニア湾に注ぐ4180kmの大河です。砂漠気候のマリ・ニジェールには恵みの川です。


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f:id:Seita75851833:20260219151325j:image                     「グランド・モスク」とマーケット。


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f:id:Seita75851833:20260219151605j:image                        西アフリカ伝統の太鼓「ジャンベ」


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10月3日、ニジェール川沿いの街「セグー」へ。バスで約3時間、2500CFA(528円)。始発でバスに乗る時は、チケットを買った順番に名前を呼ばれてから乗り込みます。

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セグーに着いて、宿を探しなからニジェール川の方へ歩いていると、若い自称ガイドが寄って来ます。これ幸いと、まずは安宿探しです。連れて行ってくれた宿は少し高かったのですが、2階のテラスで安くテント泊が出来ました。1〜2人用のテントは貸してくれました。

「Le Soleil de Mminuit」テントで4000CFA(844円)は高いてす。セグーはホテル・安宿が少ないです。

外に出ると同じ自称ガイドが待ち構えていて、対岸の村を回るボートツアーをしつこく誘います。あまり値切ると手こぎボートになるので注意です。

なんとか振り切って川沿いを散策。景色の良い乗り合いボート乗り場があり、それに続く家々の間から川辺に出られます。そこでは洗濯、食器洗い、ヤギ洗いや若い女性が上半身裸で水浴びをしています。が、残念ながら写真はありません。

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f:id:Seita75851833:20260222111639j:image                   「伝統的家屋」


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f:id:Seita75851833:20260222112912j:image                     タバコ売り。1本買いもできます。


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フレンドリーな子供達。

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次回はマリ観光のハイライトのひとつ、「ジェンネの月曜市と大モスク」です。

ありがとうございました。

 

 

 

 

(209)2009年9月「西アフリカの旅」モーリタニア「シンゲッティ」と「首都ヌアクショット」

2009年9月の「モーリタニア・イスラム共和国」、サハラ砂漠の街「シンゲッティ」の続きです。

9月20日午前0時、約1ヶ月の「ラマダン」が明けました。朝になると人々はそれなりに着飾っていて、日本の正月に似た感じです。私がよく買っていた路上のパン売りの女の子も、少しだけきれいな服を着せてもらっていました。私も嬉しかったのですが、残念ながら写真はありません。

期間中に私も1日だけのラマダン体験をしました。日の出から日没までは水や食べ物などを口にしてはいけません。厳しくすれば、唾(つば)も飲み込んではいけないそうです。日中は40℃近くになるので大変でしたが、仕事をしていないのでまだましでしょう。ご褒美に宿のオーナーが夕食をご馳走してくれました。本当はこれが目当てでした。食事の前には「ラクダのミルク」が出ました。氷で冷やし、砂糖で軽く甘味が付けてあり美味しかったです。

 

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f:id:Seita75851833:20260214114316j:image                         宿「オーベルジュZARGA(ザルガ)」のオーナー「アブドゥ」。伝統衣装ブーブーで正装して「シンゲッティ・ダンス」を教えてくれました。刺繍入りのブーブーは高いそうです。さっそく、私は彼にもらったお古の白いブーブーを着て、ワディ(涸れ川)で女の子と踊りました。

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あとでオーナーから聞きましたが、砂漠の中でお祈りがあり、そのあとでご馳走が振る舞われたそうです。私はヤギが屠殺されたり、砂漠に人々が集まっているのは見かけましたが、何もやっていなかったモスクに行っていたので残念ながら知りませんでした。しかし、夕方にオーナーの自宅に呼ばれ、彼の家族や友人達と一緒に夕食をご馳走になりました。最初は広い中庭に敷いたゴザや絨毯の上に男も女も横になり、ゴロゴロしながらおしゃべりなどをしてゆっくりします。時々、小さいグラスで甘いティーが回って来ます。3杯ずつ飲むそうです。暗くなっても明かりはテレビの画面だけでした。そして、いつもよりは少しだけ豪華な食事が出ました。

 

「シンゲッティ」寸景。
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f:id:Seita75851833:20260214150009j:image                        「土産物屋」

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f:id:Seita75851833:20260214145548j:image                     サハラの「銀アリ」

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9月22日8:00、楽しかったシンゲッティから後ろ髪を引かれる思いで「首都ヌアクショット」に向かいます。西アフリカの旅はこれからが本番です。
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まずはシンゲッティへの出発地「アタール」までシェアタクシー(タクシーブルース)で戻ります。約2時間、2000ウギア(720円)。普通車に乗客6人が詰め込まれました。

アタールからヌアクショットへのシェアタクシーはすぐに見つかりました。

11:00発、8人乗りの車で3500ウギア(1260円)。 ヌアクショットまでの450kmは、ずっと殺風景な土漠の中の一本道でした。

18:00「首都ヌアクショット」の少し郊外着。中心部までは一緒に乗っていたモーリタニア人男性とシェアタクシーで行き、料金は彼が払ってくれました。ヌアクショット市内の移動はシェアタクシーが便利です。

宿は中心部の「グランド・モスク」周辺にあり、「旅行人ノート・アフリカ」に載っている「オーベルジュ・ル・ルレ」を探しましたが見つからず、仕方なくシンゲッティの宿のオーナーに聞いていた「オーベルジュMENATA」へ。屋上の大きなテント部屋ドミトリーで2000ウギア(720円)。2人部屋は5000ウギアでした。ここでは食事もとれ、イスラム国ですがビールもありました。ある夜、急に風が強くなり嵐が来そうだったので1階の部屋に避難しましたが、何事も無く去りました。
f:id:Seita75851833:20260215155829j:image                           
「ゾウガメ」が中庭を歩き回っていました。

 

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宿とグランド・モスクの間に安くて美味しいレストラン「AL KALAM レストラン」がありました。ボリュームがあるハンバーガー500ウギア(180円)もありました。

f:id:Seita75851833:20260215155911j:image                     「カバブ定食」800ウギア(288円)。パンはフランスパンです。

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f:id:Seita75851833:20260215160029j:image                     「魚(ポワソン)ライス」300ウギア(108円)。

「首都ヌアクショット」はモーリタニアが1960年の独立時に造られた新しい都市なので、見どころは少ないです。2024年の人口は約155万人です。海に近いせいか非常に蒸し暑いです。
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中心部の「グランド・モスク」。

 

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「モロッコ・モスク」

 

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「マルシェ(市場)」
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f:id:Seita75851833:20260215160602j:image                      ひとり一人が少しの商品を持って商売をしてます。

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最初は「ヌアクショット」から「セネガル共和国」の首都「ダカール」へ向かうつもりでしたが、国際バスターミナルへ行ってみたら、「マリ共和国」の首都「バマコ」行きのバスがありました。西アフリカを一周するにはモーリタニアからマリに入る方が都合が良く、予想もしていなかったのでラッキーでした。
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問題はマリのビザですが、大使館は宿から徒歩20分のところにありました。午前申請、午後発給で30日シングルが6500ウギア(2340円25USドル)でした。申請書はフランス語でしたが、たまたま同席していた英語の出来る人に教えてもらい助かりました。記入していない箇所もありましたがOKでした。ビザは近くの国で取ると簡単な場合が多いです。ちなみにセネガル共和国はビザ不要です。また、マラリア予防薬をヌアクショットで手に入れましたが、マリの1/3位の値段でした。

次回は「マリ共和国」の「首都バマコ」です

ありがとうございました。